余白日和 - YOHAKUBIYORI -
― 無理しない暮らし
ある人の話を聞いていて、胸が少し苦しくなった。
起きた出来事そのものではなく、そこにある怒りや悲しみが今もずっと続いているように見えたから。
もちろん、傷ついたことがあったのだと思う。
許せないこともあったのだと思う。
でも、過去の出来事は変えられない。
変えられないものを握り続けるのは、きっと苦しい。
Listening to someone speak,I felt a quiet sadness.
Not because of what had happened,but because the angerand sorrow still seemedto be living there.
I’m surethere had been hurt.
I’m surethere were thingsthat felt impossible to forgive.
But the pastcannot be changed.
And carryingwhat cannot be changedmust be exhausting.
私は、何が正しかったのかより、
これからどうしたいのかを考えていたい。
起きたことは起きたこととして受け止めて、
その先を歩いていけたらと思う。
手放すというよりそこに置いていく。
そんな選び方もあるのかもしれない。
These days,I’m less interested in decidingwho was right.
I’m more interested in askingwhat comes next.
What do I want to do now?How do I want to move forward?Maybe we can acceptwhat happened,without carrying it forever.
Maybe letting goisn’t the only way.
Maybe sometimes,we can simplyleave it thereand keep walking.
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